残業代請求
2023年4月改正!月60時間超の割増賃金率の引き上げを解説
2023年4月の法改正により、月60時間を超える時間外労働について、中小企業に適用される割増賃金率が引き上げられました。
これにより、2023年4月以降に中小企業で月60時間を超える時間外労働をした場合、前よりももらえる残業代が増えることになります。もっとも、実際にどの程度増えるのかイメージできないという方が多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、割増賃金率の改正のポイントや残業代の計算方法を、わかりやすい具体例を交えながら解説します。
目次
1.そもそも割増賃金とは
割増賃金率の引き上げの解説の前提として、そもそも割増賃金とは何かを説明します。
割増賃金とは、法定労働時間を超過した労働(時間外労働)や休日労働、深夜労働について、通常の賃金とは別に法律にもとづき支払うべき賃金(時間外手当)のことです。
割増賃金は、通常の賃金に法定の割増率を乗じて算出した金額に、時間外労働や休日労働、深夜労働の時間を乗じて計算されます。
なお、法定労働時間は原則として1日8時間、週40時間以内です。
また、休日労働とは、法定休日における労働であり、深夜労働は、午後10時から午前5時までの間の労働を意味します。
割増賃金は法律の制度であるため、会社の就業規則などに規定がなくても、時間外労働や休日労働、深夜労働を行った場合には請求できるのです。
各労働における具体的な割増賃金率については、後述します。
2.2023年4月における法改正のポイント
割増賃金率に関する2023年4月の法改正の主なポイント3点をご紹介します。
2-1.中小企業の割増賃金率の引き上げ
2023年4月の法改正の1番のポイントは、中小企業の割増賃金率の引き上げです。
2010年4月の労働基準法改正により、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は50%になりましたが、中小企業には長らく適用が猶予されていました。
その結果、中小企業の時間外労働の割増賃金率は、月60時間を超える部分についても25%のままでした。
しかし、2019年4月の働き方改革関連法の施行により、2023年3月31日をもって前述の適用猶予が廃止されることが決まったのです。
そのため、2023年4月1日以降は、中小企業であっても月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は50%となっています。
2-2.割増賃金率の引き上げは4月1日から
中小企業の割増賃金率の引き上げは2023年4月1日から実施されています。
具体的には、4月1日以降に発生した時間外労働時間が累積して月60時間を超えた場合は、超過時間について50%の割増賃金を支払わなければなりません。
これは、会社による賃金計算の起算日が月の途中(たとえば15日締めの場合など)になっていても同じです。
就業規則などで賃金計算期間の起算日が月の途中となっている場合には特に、会社による割増賃金の計算に間違いがないかを確認しましょう。
2-3.代替休暇による対応も可能
代替休暇とは、月60時間を超える時間外労働の割増賃金について、割増賃金の支払いの代わりに有給休暇を与える制度のことです。
月60時間を超える時間外労働という長時間労働を行った労働者の健康を確保するために設けられました。
そのため、対象になるのはあくまでも月60時間を超える部分の時間外労働であり、月60時間以内の部分については代替休暇の対象にはなりません。
また、代替休暇を導入するためには、労使協定を締結するなどの労使の合意が必要です。
3.対象となる「中小企業」の定義とは
2023年4月から割増賃金率50%の適用猶予が廃止され、割増賃金率が引き上げられるのは「中小企業」です。
この「中小企業」の範囲は法律で定められており、具体的には以下の表の通りになります。
業種 | ①資本金の額または出資の総額 | ②常時使用する労働者数 |
---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 | 3億円以下 | 300人以下 |
※①または②のいずれかを満たす企業であれば、「中小企業」に該当します。
出典:【厚生労働省】2023年4月1日から月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます
4.時間外労働の割増賃金率とは
時間外労働の割増率は法律で決まっています。
休日労働や深夜労働の割増率と合わせて、確認しましょう。
4-1.時間外労働の割増賃金率
時間外労働の割増率は時間外労働の時間数に応じて異なり、具体的には以下の通りです。
- 月60時間以内の時間外労働:25%、35%
- 月60時間を超える時間外労働(超過部分に限る):50%
前述した通り、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率(50%)については、2023年3月31日まで中小企業には適用が猶予されていました。
しかし、この度前述の適用猶予が廃止され、中小企業においても月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は大企業と同じく50%になったのです。
なお、これらの割増率は法律による定めであり、これらを超える割増率を会社で定めた場合は、会社で定めた割増率が適用されます。
そのため、就業規則などで25%(月60時間を超える部分は50%)を超える割増率を定めれば、会社の定めた割増率が適用されるのです。
4-2.休日労働や深夜労働がある場合の割増賃金率
休日労働の割増賃金率は35%、深夜労働の割増賃金率は25%です。
深夜労働と時間外労働の時間帯が重複した場合、割増賃金率は両者の割増賃金率を足し合わせた率になります。
具体的には、深夜労働が、月60時間までの時間外労働と重複した場合は50%、月60時間を超える時間外労働と重複した場合は75%です。
他方で、休日労働と時間外労働は重複することがないため、それぞれの割増賃金率が足し合わさることはありません。
なお、深夜労働と休日労働の時間帯が重複した場合、割増率は両者の割増賃金率を足し合わせた率(60%)になります。
以上をまとめると、以下の表の通りになります。
【割増賃金率】
労働種別 | 割増賃金率 | 割増賃金率 |
---|---|---|
基本 | 深夜労働と重複する場合 | |
時間外労働(月60時間以内) | 25% | 50% |
時間外労働(月60時間超過) | 50% | 75% |
深夜労働 | 25% | ー |
休日労働 | 35% | 60% |
5.改正後の残業代の具体的な計算方法
残業代が正しく支払われているかを確認するためには、計算方法を正確に理解することが重要です。
残業代の計算方法は複雑なため、2023年4月の改正部分も含めてわかりやすく解説します。
5-1.残業代の計算式
給与体系としてよくある月給制での残業代の計算式を確認しましょう。
残業代(月額)=基礎賃金(月額基本給+諸手当)÷1ヶ月の所定労働時間×1ヶ月の残業時間×割増率
(1)基礎賃金の計算
残業代の計算のベースになる基礎賃金には、原則として基本給のみならず諸手当も含まれます。ただし、以下の諸手当については法律上、基礎賃金に含まれません。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金(ボーナスなど)
(2)1ヶ月の所定労働時間の計算
年間の総労働時間を12で除して算出します。
具体的な計算式は以下の通りです。
1ヶ月の所定労働時間=(365日−年間所定休日日数)×1日の所定労働時間÷12
(3)1ヶ月の残業時間
固定労働時間制の場合、1ヶ月のうち、1日8時間、週40時間を超える部分の労働時間の合計が1ヶ月の残業(時間外労働)時間になります。
(4)割増率
割増率は、月60時間以内の時間外労働の場合は25%、月60時間を超える場合は超過時間について50%です。
月60時間を超える時間外労働の割増率が中小企業において25%から50%に引き上げられた点が、2023年4月の改正による部分になります。
なお、法定時間内(1日8時間以内、週40時間以内)の残業については、会社で別の定めがない限り割増賃金の対象にはなりません。法定内残業の時間数に1時間当たりの基礎賃金を乗じた金額が支払われます。
5-2.具体例
(1)事例
以下の事例で残業代の具体的な計算方法を見ていきましょう。
- 賃金
月額基本給35万円、通勤手当1万円、役職手当5万円、家族手当3万円
- 所定休日、所定労働時間
年間所定休日125日、1日の所定労働時間8時間
- 時間外労働時間
1ヶ月の時間外労働が80時間
(2)改正後の割増率による残業代の計算
- 基礎賃金の計算
月額基本給35万円+役職手当5万円=40万円
※通勤手当と家族手当は、基礎賃金の計算対象から除外されるため、基礎賃金には含みません。
- 1ヶ月の所定労働時間
(365-年間所定休日125日)×1日の所定労働時間8時間÷12=160時間
- 1ヶ月の残業時間
80時間
- 割増率
時間外労働が60時間以内の部分(60時間分)については25%
時間外労働が60時間を超過する部分(20時間分)については50%
- 残業代の金額
【時間外労働が60時間以内の部分】
基礎賃金40万円÷1ヶ月の所定労働時間160時間×1ヶ月の残業時間60時間×割増率25%
=3万7,500円
【時間外労働が60時間を超過する部分】
基礎賃金40万円÷1ヶ月の所定労働時間160時間×1ヶ月の残業時間20時間×割増率50%
=2万5,000円
【残業代の合計金額】
3万7,500円+2万5,000円=6万2,500円
(3)改正前の割増率による残業代の計算
上記事例で、改正前の割増率で残業代を計算し改正後の残業代と比較して、割増率の改正による影響を確認しましょう。
残業代の計算は、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率以外の部分は、改正前後で変わりません。
そのため、改正前の割増率による残業代の合計金額は以下の通りです。
基礎賃金40万円÷1ヶ月の所定労働時間160時間×1ヶ月の残業時間80時間×割増率25%
=5万円
改正前後の1ヶ月当たりの残業代の差額は1万2,500円(6万2,500-5万円)です。
1ヶ月当たりの増加金額が1万2,500円というと、あまり大きな金額に感じないかもしれません。
しかし、年間にすると15万円(1万2,500円×12ヶ月)もの増額になります。
残業時間を増やさずに年間15万円の収入が増えると考えると、家計にとっては大きな収入になるのではないでしょうか。
6.残業代が支払われないときに弁護士に相談するメリット
残業代の支払いが受けられないときは、迷わず弁護士に相談しましょう。
相談する主なメリット4つを説明します。
6-1.残業代を計算してくれる
前述した通り、残業代の計算方法は複雑であり、労働法の専門知識がないと一人で正確に計算することは難しいです。
また、前述した事例は固定労働時間制(1日8時間以内、週40時間以内の労働を原則とする制度)を前提としています。会社が変形労働時間制や、フレックスタイム制度などを採用している場合、固定労働時間制よりもさらに残業代の計算方法が複雑になるでしょう。
弁護士に相談すれば、このような複雑な残業代の計算を一任できます。
残業代の計算を誤り、少ない金額を算定してしまうと、本来支払ってもらえるはずの残業代が支払われません。
弁護士に相談すれば、法律に基づいて正確な残業代の金額を計算してもらえます。
6-2.会社との交渉を有利に進められる
弁護士に相談して残業代の請求を依頼すれば、会社との残業代の支払い交渉を任せられます。
労働者個人が残業代を計算して会社に請求しても、残業代の計算が間違っており、会社から反論されるというケースは少なくありません。
会社には労働実務に精通した担当者や顧問弁護士が付いている場合が多いので、法律の知識がないと、会社からの反論に再反論することは難しいでしょう。
また、労働者個人が残業代の請求をした場合、残業代の計算が正しくても、会社が難癖をつけて支払いに応じないというケースもあります。
弁護士に依頼すれば、会社から反論があったとしても法律にもとづいて適切に再反論することが可能です。
また、労働者個人の請求では支払いに応じない会社でも、弁護士から内容証明郵便が届けば支払いに応じるというケースは少なくありせん。
このように弁護士に相談して依頼すれば、労働者個人が交渉するよりも、会社との交渉を有利に進められるのです。
6-3.時間と労力をかけずに済む
残業代の請求を労働者個人で行おうとすると、多くの時間と労力がかかります。
たとえば、残業代を法律にもとづいて正しく計算するためには、専門的な法律知識を身につけることが必要です。
また、請求する残業代の計算根拠となる証拠資料を集めなければなりません。どのような証拠資料が必要になるかを調べた上で、手元になければ会社などの保有者に提出を求めることが必要になります。
このように、労働者個人で残業代の請求を行うにはたくさんのハードルがあり、これらを乗り越えるためには多くの時間と労力を要するのです。
弁護士に相談して依頼すれば、いずれも弁護士が適切かつ迅速に対応します。
弁護士に依頼して空いた時間は、趣味などの有意義な時間に自由に当てられるのです。
6-4.訴訟などの法的手続きも依頼できる
残業代の支払請求をしても会社が応じない場合、弁護士であれば訴訟や労働審判などの法的手続きも依頼できます。
訴訟などの法的手続きは、労働者個人でも申し立てられますが、法律の専門知識と実務経験がないと、一人で対応することは現実的ではないでしょう。
また、残業代が支払われない場合、労働基準監督署などの行政機関に相談できますが、行政機関では本人に代わって請求することはできません。
訴訟などの法的手続きを代理して、会社に対して強制的に残業代を支払わせることができる点は、弁護士に相談する大きなメリットでしょう。
7.法改正に関するよくあるQ&A
7-1.なぜ中小企業の割増賃金率に関する適用猶予は廃止されたのですか
A.長時間労働を原因とする労働者の健康被害を防止するためです。
月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は、2010年の労働基準法改正により50%に引き上げられましたが、中小企業への適用は猶予されました。
中小企業では、大企業のように人手を増やして残業時間を削減することが難しいため、50%の割増賃金率の適用が猶予されたのです。
結果として、長らくの間、大企業は50%、中小企業は25%という状態が続いていました。
その後2010年代後半になり、長時間労働による労働者の過労死・過労自殺といった健康被害が社会問題化しました。
そこで、中小企業においても長時間労働による労働者の健康被害を防止すべく、50%の割増賃金率の適用猶予が廃止されたのです。
7-2.月60時間の残業をさせることは違法ではないですか
A.特別条項の付いた36協定を締結していないなど労働基準法の要件を満たしていない場合は違法です。
労働者に残業の指示を行うには、労使間で36協定と呼ばれる労使協定を締結することが必要です。
また、労働基準法上、残業時間は原則として月45時間以内となっています。月45時間を超える残業をさせる場合は、特別条項が付いた36協定を締結する必要があるのです。
さらに、特別条項のある36協定を締結していても、労働基準法上、残業時間が月45時間を超える月は1年に6回までにしなければなりません。
そのため、これらの労働基準法の要件を満たしていないにもかかわらず、月60時間を超える残業を行わせた場合は違法になります。
7-3.時間外労働の計算には休日出勤の労働時間も含めてよいですか
A.法定休日に出勤した場合は含めることができませんが、所定休日に出勤した場合は含めます。
会社の休日には、法定休日と所定休日があります。
法定休日は労働基準法で保障されている休日(週1回、または4週を通じて4回)であり、所定休日は法定休日以外に会社が定めた休日です。
法定休日に出勤した場合は休日労働として扱われ、時間外労働には該当しないため、時間外労働の計算に含めることはできません。
他方で、所定休日に出勤して、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて働いた場合は、時間外労働に該当します。
このような場合は、所定休日の出勤時間を時間外労働の計算に含めることができるのです。
7-4.代替休暇が付与されたら割増賃金はもらえないのですか
A.月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金については、自ら代替休暇を取得すれば支払ってもらえません。
会社が前述の代替休暇制度を導入している場合、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金の支払いは、有給休暇を付与することで代替されます。
そのため、取得した代替休暇の時間に応じた割増賃金については、請求できなくなるのです。
もっとも、代替休暇の取得は労働者の権利であり、会社から一方的に取得させることはできません。
また、休暇は有給である必要があり、無給の場合は代替休暇として認められないのです。
8.まとめ
2023年4月の法改正により、中小企業に適用される月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が、大企業と同じく50%に引き上げられました。
法改正後の残業代の計算方法を正しく理解し、会社側の残業代の支払いに誤りがないか、自分で確認しましょう。
会社が法改正に対応できていない場合は、残業代の未払いを指摘して、不足分を支払ってもらうことが必要です。
会社が残業代の支払いに応じない場合は、弁護士に相談し、交渉を依頼するとよいでしょう。
弁護士に対応を依頼すれば、面倒な残業代の計算や会社との交渉を代わりに行ってもらえます。また、会社が支払いに応じなければ、訴訟などの法的手続きを取ることも可能です。
なお、弁護士に依頼する場合は、事前にホームページなどを確認し、労働事件の実績が豊富な法律事務所を選んで依頼するとよいでしょう。
担当者
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■経歴
2004年3月 大阪大学法学部卒業
2007年3月 関西大学法科大学院卒業
2008年12月 弁護士登録(大阪弁護士会所属)
2008年12月 大阪市内の法律事務所で勤務
2021年3月 一歩法律事務所設立
大阪市内の法律事務所に勤務し、民事訴訟案件、刑事事件案件等幅広く法律業務を担当しておりました。2021年3月に現在の一歩法律事務所を設立し、契約書のチェックや文書作成、起業時の法的アドバイス等、予防法務を主として、インターネットを介した業務提供を行っております。皆様が利用しやすい弁護士サービスを提供できるよう心掛けております。
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