残業代請求
営業職に残業代が出ないのは当たり前なのか?弁護士が解説!
通常、法定時間外の労働に対しては「残業代」が支給され、通常の時給よりも多くの残業代が支払われます。
しかし、いくつかの例外や勘違いもあって、その中の1つに「営業職には残業代が出ない」という考え方があることをご存じでしょうか。
従事している職務内容によって、どれだけ働いても残業代が出ないというのは不公平だと感じる方も多いでしょう。
そこで本記事では、なぜ営業職には残業代が出ないという考え方があるのか、その理由と正当性について労働問題に強い弁護士が解説します。
目次
1.営業職に残業代が出ないのは当たり前と言われるのはなぜ?
まずは、なぜ「営業職には残業代が出ない」という考え方が広まっているのか、その理由について解説します。
1-1.営業手当が支払われているから
1つ目の理由は「営業手当が支払われている」ことにあります。
営業職として従事している従業員の場合、通常の給料とは別に営業手当が支給されていることが多いです。
その場合、営業手当を支給している会社の中には「営業手当=固定残業代(みなし残業代)」という考え方で支給しているケースがあります。
この固定残業代を営業手当として支給することについては、原則として違法性がただちに認められるわけではありません。
ですが、営業手当を固定残業代という名目で支給している場合は、以下の条件を満たす必要があります。
- 就業規則や雇用契約書において、営業手当が「割増賃金として支払われる」ということが明記されていること
- 営業手当の金額が、通常の基本給とは明確に区別されていること
- 営業手当が想定する時間外・休日労働等が、実際の就労実態とかけ離れていないこと
また、営業手当がそもそも時間外労働等に対する対価ではなく、営業職に必要なスーツや革靴、喫茶店などの利用にかかる費用への「補助金」という名目である場合、これは残業代とは関係がないので固定残業代扱いとしては不適切です。
営業手当が固定残業代として支給されている場合であっても、従業員が実際には固定残業代で設定された時間分を超えて働いていた場合は、その超過分に関しては別途残業代の支給が必要となります。
1-2.歩合給(インセンティブ)が支払われているから
2つ目の理由は「歩合給(インセンティブ)」が支払われていることによる問題です。
営業の結果が会社の売上に直結しやすい営業職では、営業成績などの条件に応じて歩合給が支給される仕組みを導入している会社もあります。
これが残業代扱いになると勘違いしている会社もあるのですが、実際には歩合給と残業代は全く性質の異なる支払いです。
歩合給とは、あくまでも営業職の従業員が他社への訪問等で会社に利益をもたらしたことに対する成果報酬であるため、これ自体は基本的に残業の有無とは関係がありません。
残業代はあくまでも対象となる労働時間に対する給料の支払いであるため、歩合給とは全く関係がないのです。
仮に、会社が歩合給の中に残業代を含めて支払いをしていた場合であっても、「歩合給に含まれる歩合の賃金」と「残業代」が明確に区別されてなくてはなりません。
1-3.外回りにはみなし労働時間制が適用されるから
3つ目の理由は、営業職の場合は従業員によっては「みなし労働時間制」が適用されるという問題です。外回りの営業や出張を行う従業員は、会社がその従業員の労働時間を正確に把握することが難しくなります。
社外で仕事をする機会が多いことで、会社が労働時間を把握することが困難な場合に関しては「事業場外みなし労働時間制」を適用することができ、これにより会社はその従業員が一定時間の労働をしたとみなして給料の計算をすることができるのです。
ただし、営業活動が必要であるからといって、ただちに事業場外みなし労働時間制が適用できるわけではなく、あくまでも「社外での従業員の労働時間を会社が正確に把握することが難しい」と客観的に認められる場合に限られます。
たとえば、以下のケースではこれが認められない可能性が高いです。
- 社外での業務に管理職に相当する従業員が同行するケース
- 携帯電話などの連絡手段により会社の指示が受けられる状態で社外業務を行うケース
- 訪問先や帰社時間などの業務内容について会社から具体的な指示があるケース
こうした場合は営業職の従業員が残業したかどうかを会社側が正確に把握することができるので、みなし労働時間制を適用することはできず、適切に残業代を計算して従業員に支払う必要があります。
1-4.自宅等で行った営業先のリストアップや顧客対応の扱いは?
最後に問題となるのは、社外ではなく「自宅」で仕事をした場合の残業代の扱いについてです。
顧客と密接な関わりを持つことになる営業職の従業員は、休日や就業時間外であっても顧客からの要望に応えなければならないケースも珍しくありません。
また、場合によっては会社から残業を制限されている状況において、会社に隠れて残業するために自宅に仕事を持ち帰るケースも考えられるでしょう。
自宅で行った業務であったとしても、それについて会社から明示または黙示の指示があった場合、または過剰な仕事量が割り振られてたことで時間外で仕事をすることがやむを得ない場合であると認められれば、残業代や割増賃金を会社に請求できる可能性があります。
これについて、従業員が自主的に持ち帰って行った残業や顧客対応を行った場合に、これを正当な労働時間であると認められるかどうかについては諸般の事情を考慮する必要があり、客観的に見て「会社の指揮命令下にあった」かどうかが争点になるケースが多いです。
残業代等を請求するにあたってはこの点を証明できる証拠を集める必要があり、場合によっては訴訟手続きに移行しなければならないケースもあるので、早めに弁護士に相談しておくことをおすすめします。
2.営業職によくあるサービス残業の具体例
本来であれば違法行為ですが、営業職の中には慢性的に「サービス残業」をしているケースもあります。
では、具体的にどういった事情でサービス残業をしなければならなくなるのでしょうか。
2-1.営業手当の悪用のケース
先ほども触れていますが、会社の中には「営業手当」の一部を残業代として扱っているケースもあります。
そのため「営業手当を支払っているのだから、それ以上の残業代を支払わなくても良い」と考えてしまうのです。
実際には、想定していた固定残業代を超える労働については、その対価として適切な残業代の支払いが必要になります。
会社が相応の残業代を支払わないため、固定残業代を超える労働についてはサービス残業になってしまうのです。
2-2.事業場外労働みなし労働時間制の悪用のケース
営業職の中には、社外での活動時間を会社が把握することが難しいという理由で「みなし労働時間制」を採用している場合がありますが、これを悪用する場合があります。
「すでに労働時間は決まっているから」といって、想定されている労働時間を超えて営業職に仕事をさせようとする会社も珍しくありません。
結果として、みなし労働時間制で想定されている労働時間を超えた分がサービス残業扱いになり、不当な扱いを受ける営業職が自身の立場に悩んだり苦しんだりすることになるのです。
2-3.出来高払い制の悪用のケース
営業職の中には、給料について「出来高払い制」を採用していることもありますが、これを悪用したサービス残業が横行している会社もあります。
営業職の給料について出来高払い制を導入すること自体は珍しいことではありませんが、問題なのは出来高払いの給料と労働の対価としての残業代をごちゃまぜにして考えている会社があるということです。
本来は「出来高払いの給料」と「残業した分の残業代」は区別して扱わなければならず、本来会社は自社の従業員の就労時間等を管理しなければならない立場なので、残業した営業職の残業代を出さずにサービス残業させることは違法になります。
2-4.外注化の悪用のケース
会社によっては、営業の仕事を「外注」するケースもあります。外注する場合、その営業担当者は自社の社員扱いではありません。法律的には雇用契約ではなく、業務委託契約、業務請負契約に分類されます。
そうなると労働基準法の適用外となるため、依頼する会社側は労働時間の計算および残業代の支払い義務を免れます。
ただし、労働者か否かについては契約の体裁ではなく「労働実態」において判断されるため、請負契約で外注するという体裁になっているからといって必ずしも残業代の支払いがないというわけではないのです。
たとえば、以下のようなケースは問題があります。
- 仕事の内容および遂行方法について会社側が具体的な指示命令を行っている
- 仕事の依頼や指示を断ることを外注先に認めていない
- 指定の時間または指定の場所で勤務することを外注先に義務づけている
- 外注先が代理を立てて仕事を行わせることを会社が認めていない
- 会社から営業経費や備品の支給を行っている
- 同様の業務を行っている自社社員と比べた場合に同程度の報酬水準である
- 他社での業務に従事することを外注先に認めていない
このような場合は自社の労働者として扱う必要があるため、残業時間の計算や残業代の支払いが必要になる場合があるのです。
3.残業代請求に必要な証拠と計算手順
営業職が会社に未払いの残業代を請求するにあたっては、いくつかやるべきことがあります。
3-1.残業代請求は証拠集めが肝心
残業代の請求においては「残業したという証拠」「それに相当する残業代が支払われていない」ことを証明する必要があります。
できるだけ多く、以下のような書類等を確保しておきましょう。
- タイムカード
- 労働契約書
- 雇用通知書
- 就業規則
- 業務用メールの送受信記録
- 業務用パソコンのログイン記録
- 給与明細
必要な証拠を会社側が保管している場合は、弁護士を通じて会社側に開示請求をすることで取得できます。
3-2.残業代は3年分までしか請求できない
未払い残業代には「3年の消滅時効」があるので、過去数年にわたって未払い残業代が発生している場合は早めに行動することが重要です。
ただし、十分な証拠が集まっていない場合は、訴えを起こしても棄却される可能性が高くなります。
その場合は会社に対して内容証明郵便で残業代を請求することによって、一時的ではありますが時効の進行を止めることが可能です。
3-3.未払い残業代の計算方法
残業代の金額は、以下の計算式で求めることができます。
残業代=残業時間×1時間あたりの基礎賃金×割増率
上記計算式の「1時間あたりの基礎賃金」については、基本給に一部の手当を含めた金額を「1ヶ月間の平均所定労働時間」で割って算出します。
1時間あたりの基礎賃金=(基本給+一部の手当)÷1ヶ月間の平均所定労働時間
3-4.具体的な残業代の計算例
たとえば、以下のデータで試験的に計算をしてみましょう。
- 1ヶ月の平均所定労働時間:160時間
- 時間外労働時間:30時間
- 総労働時間:1900時間
- 固定給:20万円
- 歩合給:10万円
これらの数値を、先ほどの計算式に当てはめます。
固定給部分の残業代
(200,000÷160)×30×1.25=46,875円
歩合給部分の残業代
(100,000÷200)×30×0.25=3,750円
歩合給の場合は「仕事時間を延長したことによって成果が上がっている」という面があることから、時間単価に相当する部分は歩合給に含まれていると考えられ、支払うべき割増賃金は固定給部分の時間単価の125%ではなく25%で足りるとされています。
4.会社に対して残業代を請求する手順
次に、会社に対して残業代を請求する手順について解説します。
4-1.会社と話し合いをする
可能であれば、まずは会社に対して残業代の支払いについて交渉してみてください。
悪意がなかった場合や従業員との争いを泥沼化させたくない会社であれば、和解に応じてくれる可能性があります。
4-2.労働基準監督署に申告する
会社との交渉が難しい、またはすでに交渉決裂している場合は、労働基準監督署に相談してみてください。
未払い残業代があることを証明できれば、会社に対して是正勧告を行えたり、場合によっては刑事事件化するケースもあります。
無料で利用できる公的機関なので、費用面での負担はありません。
ただし、労働基準監督署はあくまでも中立の立場で必要な行動をとるだけであり、従業員の代わりに会社と交渉したり、必要な証拠を集めてくれるわけではありませんので注意しましょう。
4-3.労働審判
労働関係に関するトラブルの解決には、労働審判という方法があります。
通常の訴訟手続きよりも短期間で決着でき、調停または審判という形で決着する訴訟手続きの一種です。
労働審判の結果に不服がある場合は異議申し立てが可能であり、その場合は審判は無効扱いとなって通常の訴訟手続きへと移行します。
4-4.訴訟を起こす
交渉・労働基準監督署・労働審判のいずれの手段でも会社側が応じなかった場合は、通常の訴訟手続き、いわゆる裁判という手段を取らざるを得ません。
会社によっては、訴訟を起こされた時点で和解案を提示することがあり、その場合は面倒な訴訟手続きを続ける必要もないでしょう。
ただし、会社側が徹底的に争う場合には半年~1年以上の時間をかけて裁判をすることになる可能性もあります。
かなり労力を使うことになりますので、訴訟を起こすと決めた段階、あるいはできるだけ早い時点で弁護士に相談しておきましょう。
5.営業が残業代を請求する時の注意点
未払いの残業代を請求することは当然の権利ではありますが、請求するにあたってはいくつか注意するべきことがあります。
5-1.あくまで労働時間にしたがって残業代を計算する
会社に残業代を請求するにあたっては、「対象となる残業時間が何時間なので、何円請求します」という計算をする必要があります。
このとき、過剰に残業時間を盛って計算・請求しないことが重要です。
過剰に残業時間を増やして請求し、それが悪質であると判断されれば詐欺罪などに問われるリスクも否定できません。
あくまでも実際に残業した時間だけを正確に計算して、請求する残業代を計算してください。
5-2.残業の証拠は労働者側で集める
会社に残業代を請求するにあたっては、根拠となる証拠を集める必要があります。
これらの証拠は残業時間を証明するために欠かせませんが、その証拠集めは労働者自身で行わなければなりません。
一部のデータについては会社側に開示請求をしなければなりませんが、会社側が素直に応じない可能性もあります。
あくまでも必要な証拠は自分自身で集めることを前提として、難しい場合には弁護士に相談しましょう。
5-3.「営業らしい働き方」ができているか
営業職として、営業職に対する未払い残業代を請求する以上は、あくまでも「営業職として残業した」という事実が必要です。
残業代とは、あくまでも「労働の対価」ですから、営業職としての職務に忠実でなければ正当な労働の対価とは言えません。
残業代を支払ってもらえないからといって仕事をさぼることなく、あくまでも真っ当に営業職として職務に忠実な姿勢をとりましょう。
6.未払いの残業代請求を弁護士に相談、依頼するメリット
営業職が未払い残業代を会社に請求するのであれば、早い段階で弁護士に相談しておくことが重要です。
交渉・訴訟と、どのような手段で最終的に残業代を支払ってもらえるかはケースバイケースですが、どちらの方法でも基本的に疲れ、必要な作業も多くなります。
未払い残業代を請求することで会社との関係が悪化することを考え、転職活動をしていたり、すでに退職していて就職活動しているケースもあるでしょう。
そうなると、交渉や訴訟手続きに余計な時間をとられるわけにはいきません。
弁護士は交渉や諸々の手続きを代わりにこなしてくれるので、ご自身は本当に必要なことに時間を集中し、今後の生活の安定を図ってください。
7.営業職の残業代に関するよくあるQ&A
最後に、営業職の残業代に関する、よくある質問を簡潔にまとめました。
7-1.「営業職は残業代なし」は当然なのですか?
当然ではありません。
営業職はその業務の性質から残業時間を把握することが難しいとされていますが、実際に残業した場合はその分だけ残業代が発生します。
「固定残業代」や「みなし労働時間制」が問題になることがありますが、これらの制度が導入されている場合でも条件次第では残業代を請求できます。
7-2.会社側が必要な資料(残業の証拠)を渡してくれません
弁護士を通じて「開示請求」することで、必要な資料を会社から受け取ることができます。
会社は労働者の就労状況を把握する義務があり、過去にはタイムカード情報の開示請求が認められた裁判例もあります。
7-3.どうせ請求するなら多めに請求しても…
これは場合によっては詐欺罪に相当し、解雇事由として認められる可能性もあるので、請求する際には実働時間に即して真っ当に請求しましょう。もちろん多少の誤差はやむを得ませんが、できる限り証拠に基づいて正確な残業時間を算出しましょう。
なお、残業代の支払いが遅れたことによる遅延損害金の支払いについて裁判で争うことは可能です。
8.まとめ
「営業職には残業代は認められない」というのは間違った認識であり、条件次第では残業相当分の残業代を未払い残業代として会社に請求することは可能です。
その際には長く会社側と争うことになる可能性もあるので、スムーズに問題を解決するためには労使問題に強い弁護士に相談することをおすすめします。
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担当者
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■経歴
2004年3月 大阪大学法学部卒業
2007年3月 関西大学法科大学院卒業
2008年12月 弁護士登録(大阪弁護士会所属)
2008年12月 大阪市内の法律事務所で勤務
2021年3月 一歩法律事務所設立
大阪市内の法律事務所に勤務し、民事訴訟案件、刑事事件案件等幅広く法律業務を担当しておりました。2021年3月に現在の一歩法律事務所を設立し、契約書のチェックや文書作成、起業時の法的アドバイス等、予防法務を主として、インターネットを介した業務提供を行っております。皆様が利用しやすい弁護士サービスを提供できるよう心掛けております。
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